東北の売り出し方

東北には実は資源がたくさんあると思う。
しかも、売れそうな物がたくさん。
 
「いやいや、東北には何もない。何もかも遅れているし。」という人は、明治初期、文明開化の時代を想像してみよう。当時、人々は西洋から入ってくる目新しいものに心躍らせて、日本独自の工芸品の価値を正確に測れなかった。結果、浮世絵を二束三文で売りさばいて、西洋の後追いに走った。今、東北の人々にはそれが起きているのではないか?
東北は、世の中の流れから遅れすぎた。
しかし、それが逆に価値になる。
タイムカプセルみたいに、他の地域が無くしたものをまだ持っているのだ。
 
世の中の流れから遅れていたので、まだ流通に乗っていない潜在的な商品もたくさんあるだろう。郷土料理なんかで全国デビューさせたらヒットする物もたくさんありそうだ。EC契約店舗もまだ少ないはず。きっと、楽天の三木谷さんなんかは、それも狙っての東北進出だと思う。
 
「田舎」というのも、いまや売れる商品になりうる。
先日、スイングガールズという映画があったが、あれはなんで山形が舞台なのか?
山形の人は怒るかもしれないけど、俺の考えでは、山形が「田舎」の代名詞になっているからだ。山形だけでなく、東北そのものに田舎のイメージは強い。これはすごい事だ。東北と同じぐらい田舎のところは、実は日本全国どこにでもある。しかし、田舎と言えば東北!ブランドイメージはできている。あとは、このイメージの売り方だけだと思う。
 
セイコーの機械式高級時計工房が岩手の雫石にできた。これは、漆で有名な雫石に置く事で「伝統的」というブランドイメージをつけるためだ。実際には、雫石は時計に関してはまったく伝統がない。しかし、スイス時計のブランドイメージに対抗するために、雫石の持つイメージを利用しているのだ。それだけの価値が、東北のイメージには内包されているのだ。
 
過度の競争社会に疲れて、田舎暮らしにあこがれる人が増えている。
仙台は以前から、サラリーマンあこがれの地だ。俺自身も、初めてきた時に、一目で気に入った。人がセカセカしていないのがいい。新緑もきれいだ。おばちゃん・おじちゃんの温かさも良い。過ごしやすくて食い物もうまい。「せんだい」という語感にさわやかさがあるのかもしれない。仙台は、軽井沢のような高級リゾートを目指せばいいのでは?「便利でさわやかな田舎」というコンセプトで売ったらいいと思う。その意味では、野球よりテニスを誘致すべきだな。テニス場をたくさん作って、市民テニスを活発にし、大きい大会を誘致する。別荘地の存在を前面に出し、"日本のスイス"みたいなイメージを作る。サッカーはダメ、俺は好きだけど下衆なイメージだから戦略としてはマイナス。中止しよう(笑)
 
仙台市としては、フィンランドと提携して福祉立国を目指すらしい。新しい物を作るのも良いが、古い物にも目を向けるべき。古さと新しさをマッチングさせたところに、きっと、ブレークスルーがあると思う。